11/07/2026
【令和8年7月の月次祭より】
梅雨明け宣言の翌日から夏日の続く中、本日11日、恒例の『きゅうり加持』を執り行わせていただきました。今年も130本のご祈願をあげていただき、きゅうりの護符作りをお手伝いくださった信者様はじめ、皆様、誠にありがとうございました。
また法要後の法話では、先だってのお遍路の様子やそこで感じましたお話しやお加持ついてお話しをさせていただきました。
この世に生を受けたものが避けて通れない道があります。病気、老化、そして最後には死であります。もちろん、それだけではありません。生きていますと様々な障害もあり、生きることに苦難を感じることも多いことでしょう。
「岩もあり、木の根もあれど
さらさらと、たださらさらと 水の流るる」
とあるお寺の若い住職様が、ご自身が励まされた言葉をご紹介くださいました。
水は、どんなところでもさらさらと流れています。今が困難な渦中にあったとしても、水が流れるかの如く、何事もさらさらと通り過ぎていくものだ、と説いてくださっている、
また、水の流れの如く、さらさらと受け流していけばいつかは通り過ぎるのだから、と説いてくださっている、そんなことを教えてくださっているのでしょうか。
やさしく、耳に心地いい詩であり、宗教に馴染みの薄い方の入り口や、よく聞く仏教法話は聞き飽きたと仰る方などには新鮮に感じられるかもしれません。
本日は、お大師様のお言葉もたくさんありますが、その中の「心は これ一切 法なり」という教えをご紹介させていただきました。
お大師様がおっしゃる「法」とは、宇宙の真理であり、すべての存在のありのままの姿が法であると説いておられます。
大宇宙の営み、自然の美しさ、命の働き…、目に見えるものやその働きのすべてが法であり、大日如来の表れなのだとおっしゃっています。
お大師様はそもそも、好きと嫌い、善と悪、幸と不幸などと分けることから苦しみが生まれると説かれています。
分けない、ジャッジをしないということは、最初は難しいことかもしれません。
私たちの心ひとつ、受け取り方ひとつで、現在が変わり、現在が変わると未来も変わります。
未来が変わると、苦しみしか感じられなかった過去をも変えることができるのです。
何事も感じなくなることが悟りというわけではなく、ありのままの心を真っ直ぐに見つめられるということが大切なのではないでしょうか。
お大師様のお言葉は、僧侶達でさえも、その解釈や受け取り方が難しいと申します。
それは、自分の心や見方によって何層にも変わるからかも知れません。とにかく奥が深いのがお大師様でございます。
また、「加持」とは、如来の大悲と、衆生の信心を表しています。仏様の大きな心と智慧は、常に降り注いでいるのだけれど、私たちのそれを信じる心が感応しあってこそ、はじめて一体となれるということです。
長くなりましたが最後までお読みいただき、また、本日もご参拝くださいまして誠にありがとうございました。
暑さが増す八月は、月次祭はお休みとさせていただきますが、どうか皆様、本日のきゅうり加持でいただかれました加持力を持って健康で暑さを乗り切ってくださいませ。
また、九月にお目に掛かれますことを楽しみにお待ちしております。合掌