曹洞宗 江口 宝泉寺

曹洞宗 江口 宝泉寺 慈眼山寶泉寺
本尊 釈迦牟尼如来
開山 江南区沢海大榮寺二世 超山全?

《寶泉寺の歴史》

【古川 又六】
大永年中頃《1521〜1528》
足利義晴公に仕え
天文年中頃
武田晴信に仕える

古川 又六の子
【古川 大六郎】(帆苅六郎兵衛)
天正四年《1576》
より
信長公に仕え
同十三年より
秀吉公に仕える(五百石)
同十五年
九州合戦にて敵船の帆
を苅落とし其れより『帆苅六郎兵衛』と秀吉公より名を与えられ、千石増 都合(合計)千五百石頂戴仕候
元和元年夏《1615》
大阪落城
主人秀頼公自盡(自刃)薩摩へ落ちる
元和四年《1618》
同國草水村(阿賀野市草水)へ落ち、観音寺内にて観音寺十世大安善吉和尚の弟子となり 義岳寒宗と号す
元和九年より當村荒野を開き寺庵開発する

当山は始め阿賀野川の河中にあったが、天明《1781〜1789》年間の大洪水に流出し、現在の地に移𨍭する。

開山は澤海大榮寺二世であり、現在の住職で三十代目となる。

住所

新潟県
新潟県, Niigata
950-0101

ウェブサイト

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